逆さ富士です。
2007年になり2週間というところですが、1月半ばで寒さは例年並みに近づきつつあります。
朝、河口湖畔を散歩すると富士へカメラを向けたカメラマンがあちこちでベストショットを狙っています。寒かろうが雲がかかっていようが一瞬にかける意気込みが伝わってきます。私も新しい携帯のカメラで富士をとったところ偶然逆さ富士が入っていました。これからは季節ごとの逆さ富士を追いかけてみます。
さて、阿蘇猿まわし劇場でチョロ松君の見送る会を済ませた五郎が、チョロ松の遺骨と位牌を河口湖に連れて戻ってきました。訃報の第一報から、・・・・・。
今日まで五郎にとってもめまぐるしい数日間でしたが、チョロ松の最後を阿蘇の皆さんと立派に見送れたことで気持ちの整理がついたようです。初代チョロ松は広い部屋と運動場のある阿蘇で晩年を過ごせました。五郎は河口湖ですから、日々の世話は阿蘇猿まわし劇場の皆さんがになってくださいました。そのことを、五郎は一番感謝していると話していました。「阿蘇皆さんがいたから“チョロ松”は天寿を全うできた」と。
チョロ松の遺骨は河口湖の楽屋で約一ヶ月供養をした後、猿まわしのふるさと、山口県光市のお猿さんたちの慰霊碑に入ります。温暖な瀬戸内海の白砂青松の町で過ごすことになります。
今回、全国からチョロ松へお悔やみをいただきました。特に嬉しかったのはチョロ松のことを皆さんが覚えていてくださったことです。ソニーのCMから20年ですから。皆さんも、あのチョロ松が29歳8ヶ月の今まで生きてきたことに驚いておられました。
それから、当然のことですがあのCMはソニーさん、、広告代理店さん、ディレクター、監督さん、そして音楽、写真、照明、映像、編集、その他たくさんの皆様の作り上げた作品ですから、出演したチョロ松だけが目立ちますが、チョロ松が代表してほめてもらっているのです。嬉しかったのは、ソニーさんを初めこのCMに関わったみなさまから生花を献花いただいたことです。チョロ松や我々が反対にお礼をもいうべきことだと考えるからです。この場を借りて御礼申し上げます。
長くなりましたので、また、気づいたことがあれば書かせていただきます。